象の消滅 - 村上春樹 象はなぜ消滅したのか?

久しぶりに「パン屋再襲撃」を読みたくなって手にとった。
この短編集の2話目に収録されているのが「象の消滅」。

 

パン屋再襲撃 (文春文庫)

パン屋再襲撃 (文春文庫)

 

 

「象の消滅」 短篇選集 1980-1991

「象の消滅」 短篇選集 1980-1991

  • 作者:村上 春樹
  • 発売日: 2005/03/31
  • メディア: 単行本
 

 

ごく簡単にあらすじを記す。
動物園の経営難により行き場のなくなった老象が、紆余曲折の末に町に
引き取られることになる。
しかし1年ほど経ったある日、飼育係ととともに忽然と姿を消してしまう。
そこには特段の理由も見当たらない。
不条理ではあるが、象は突然になんの前触れもなく消滅したのだ。

 

この作品で印象的なのは、象と飼育係の親密さだ。
それも人前では見せないのだが、二人だけの時にそれは現れる。
例えば、象が飼育係に対して行う、「鼻を振って背中をとんとん叩く」
動作に現れている。
そこには二人?だけにしかわかりあえない親密さがあり、言い換えれば
キズナがあるのだ。

一方で、「人々」は便宜的な世界に生きていて、統一性を重んじ合理性を
追求することを優先する。
そこはややもすると「疲弊した軍隊」を想起させるような世界だ。

ちなみに象の食料源は小学生の残飯に頼っている。
その見返りにというわけではないのだろうが、日常的にスケッチの対象に
なったりするといった関係で、なんとも滑稽だ。

つまり小学生にとって象は、自分の食べ残しで命をつなぐ一方で、
スケッチの対象になってくれる存在というわけだ。

そして主人公にとっての象は、「心をそそる存在」であり、プライベートな時間の
象の様子に心を惹かれる存在として捉えられている。

 

象が消えたことはもちろん衝撃を持って人々に伝えられたが、どちらかというと
恐怖、不安の対象ということであって、人々はいなくなった悲しさや寂しさ
については無頓着である点を見逃すわけには行かない。

象が消えた理由は明示されないが、自分は消えるべくして消えたように思う。
主人公は消滅した理由を漠然とではあるにせよ、思い当たるのだろう。
それは最後の断定的な1文からも見て取れる。
「彼はらもう二度とはここに戻ってこないのだ。」

 

もしパラレルワールドがあるとするならば、そこで二人仲良く、いつまでも親密に
過ごしてほしいものだ。